先週は、私たちのスクールでもハローウインパーティーを催しました。
子どもたちは魔女や妖精またはアニメのキャラクター等に変装して、
パーティーを楽しんでおりました。

そして12月にはクリスマスパーティーがあります。また、このほかにも
私たちはピクニックやカラオケパーティー等を開催しています。

子どもたちのために催すイベントの趣旨は、感性の豊かな子供の時期に、
自ら直接、外国の文化や伝統行事を体験することが、国際理解を深める
ことはもちろん、英語習得にとっても有意義だと考え、単に面白おかしく
やるのではなく、もちろん楽しいということは大切ですが、行事に関係した
語彙や由来等も、日頃の学習に取り入れるようにしています。

大人の生徒達とのパーティーは、講師の先生方や生徒同士の親睦交流が
目的で、なるべく皆が楽しいひと時を過ごせるように心掛けています。

このように生徒の皆さんが参加できるイベントを企画していて時々
感じることは、残念なことに受身の姿勢の生徒が多いということです。

特に子どもたちがそうですが、自ら積極的に参加してイベントを盛り
上げて楽しむのではなく、楽しませてもらうことを待っているのが
気になります。

これは幼い時から与えられることに慣れている、現代日本社会で育った
者の習慣からきていることなので、簡単なことではありませんが、コンテスト
などを催して、なるべく参加型のイベントになるように努力しています。

欲しい物が手に入るということは幸せなことですが、何の努力もせずに
欲しい物が手に入ることは、努力してやっと手に入れたときの感動を
奪っていることにならないでしょうか。

 私は1954年生まれでしかも大変な田舎育ちですから、まだ日本がそんなに
豊かでなく、物も溢れていない時代のことを知っています。魚釣りにしても、
子どもでも自分で山に行き竹を切って釣竿を作ったものでした。

餌も自分で川に入って、笊で川えびをすくって調達しました。このように準備は
大変でしたが、それゆえ魚がつれたときの感動が大きかったのだと思います。

現在、自分の子どもと海釣りに行きますが、カーボンリールの釣竿を使い、
餌もオキアミをつけてもらって魚を釣る彼らは、釣れたときは喜びますが、
私が味わったような忘れられない大きな感動は無いようです。逆にそういう
彼らが可哀そうな気もします。