「こんなことが起こって、大変申し訳ない。誠に遺憾に思います。」
これは、不祥事を起した銀行の頭取や大企業の社長が、事を公に釈明
しなければならないときによく使う表現です。

先日もプロ野球のオーナーたちがこの言葉を使っていました。また、
政治家の場合は「世間をお騒がせして」という表現がよく使われますし、

無誤謬神話を信奉している役人の場合は、「申し訳ない。」などとは、
口が裂けてもけっして言いません。

彼らは、「こんなことが起こって、誠に遺憾に思います。」
で済ませてしまいます。

 それではこれらの表現を英語及び仏語に訳してみてください。
ちょっと苦労しませんか。

自然災害ではないので、「起こった」という自動詞ではなく「起こした」
という他動詞を使うほうが適切だと思いますが、

他動詞を使うには誰がその不祥事を引き起こし、誰が誰に何を謝罪して
いるのかを明示しなければなりません。

もちろん彼らは責任を回避するために、これらの表現を用いている
のでしょうが、それでは謝罪になりません。

また、政治家の場合、「世間を騒がせる」ことは必ずしも悪いことでは
ありません。

むしろ社会を少しでも良くしようと考えている政治家なら、
明治維新政府の基本方針であった5箇条の御誓文の第1条の

「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」のごとく公論を興して、
世論を沸騰させ、世間を騒がせて変革を試みるべきでしょう。

世間を騒がしたことで政治家をやめる理由など全くありません。
まあ、当の政治家も世間を騒がしたからその責任を取るとは、

本心では少しも思っていないでしょうが、彼らの弁明を聞くと、
有権者の一人として、とても馬鹿にされたような気持ちになり、
腹が立つのは私一人でしょうか。

「遺憾に思います」。広辞苑によると、意味は「のこりおしいこと。
残念。気の毒。」と出ています。

残念と言う意味で使っていると思いますが、当事者意識や責任感が
全くありません。

英語・仏語でも It is regrettable that…Il est regrettable que….
という表現が可能ですが、不正が行われ、その責任を取るための表現
としては使われないと思います。使ったとしたら相当な非難を浴びます。

権限の行使には責任が伴います。そして責任を伴う仕事には当然リスク
があり、成功した場合にはそれ相当の報酬が支払われて当然です。

最近の日本社会の風潮に、責任を取らずに権限を行使したがる傾向、
リスクを負わずに利益を手にしたがる傾向が、官民至る所に蔓延して
いないでしょうか。

この傾向は停滞こそもたらし、変革や進歩革新競争は生み出さない
でしょう。責任を取りたくない者は権限を行使してはいけない。

これが私たちの社会のルールとなるなら、もう少し住みやすい国に
なるのではないでしょうか。

弱者には配慮が充分なされ、敗者も何回でも再挑戦できる、
そのような柔軟で寛容な社会が競争の前提であることはもちろんです。

外国語に関わる仕事をしていると、常に母国語の日本語のことを考える
機会を持ちます。

そして当たり前のことですが、私たちが使う言葉は物として不変にある
のではなく、それを使う人々や文化・社会そしてその土地の自然風土が、

生み育て変えていく生き物だと日々感じます。日本語を使うときは、
責任感のある美しい日本語を使いたいです。