「名門都立高校に制服復活」という記事が、先日の新聞に出て
いました。記事によると、これまで自由な校風を重んじていた

東京都立高校だが、大学進学率が伸び悩み、受験者数が減っている
原因に生徒の服装の乱があると判断しての、制服復活らしい。

面白いと言うか、少し変だと思うのは、この制服導入に生徒の
多くも束縛を感じるのではなく、歓迎していると言う事実だ。

個性とは面白いもので、個人一人ひとりが大切にされている社会
では、表面的に他者と違うことを強調する必要はないが、個人が

そのままでは大切にされておらず、しかも勝ち取った自由ではなく
与えられた自由の中にいると、自分が属している集団を他の集団と

差別化する必要を人間は感じてくる。一般的に諸外国では公立校
には制服はなく、エリート校である私立校に制服がある。その制服

を着けることにより社会でのリーダーとしての意識を持つように
教育されるのである。しかし今回の都立高の制服復活にはいみじくも

ある校長が言っているように、「自己管理が出来る生徒が少なく
なってきたので」という事情での導入らしい。自己管理ができる

選ばれた者のみが着用を許される制服と、自己管理が出来ない
から外から管理するために導入する制服着用では、発想が全く

正反対である。私はどちらが良いと判断しているのではなく、
少なくとも過去に強制されていた制服を無くして来た経緯があり、

今回、学校が上から制服復活を導入しようとしているのであれば、
若者は理屈ではなくまず感性から反対してほしいと思う。それが

若者だと思うが、現代の若者はさめているのだろうか。皆さんは
どうお考えでしょうか。