ある日、年配の女性が遠慮がちに教室に入ってこられました。

「あのー、まったくの初心者で文字を読むことも出来ないんですが、英会話
学べるでしょうか。ゼロレベルから教えて貰えると聞いて来たんですが…….。」

仮名で一応、並木さんとしておきましょう。並木さんは、大変丁寧に
そのように訊いてこられました。

その後、レッスンが始まってから英会話の一環として、彼女にいろいろ
伺ったのですが、

「戦争時代に育って、英語を学ぶ機会が全く無かったこと。商社に勤めて
英語が堪能な娘さんがおり、その娘さんと年に1・2度海外旅行に出かける
ことが大きな楽しみということ。」など、彼女について知るようになりました。

それで、これまで楽しみな海外旅行に出かけるときは、いつも娘さんが
通訳してくれるので困らなかったのですが、前回、ニューヨークに行った
とき、メトロポリタン美術館の前で娘さんがちょっと用事をしている間、
暫く一人でいたそうです。

そのときある女性が並木さんに何かを訊いてきたそうです。しかし、
その女性が言っていることが分からないで、並木さんが困っていると、
その内に、その女性は馬鹿にされたと誤解して怒って、そのまま何処かへ
行ってしまったそうです。

並木さんは、「海外旅行が好きで、様々な土地を訪れ、いろんなことを
自分は楽しんでいるのに、言葉も喋れない。だから誤解も与えてしまう。
今度は英語を勉強して、少しは喋れるようになってからまたアメリカに
来よう。」そう思ったそうです。

こういう積極的な生きる姿勢が、職業婦人として今日まで並木さんを
支えてきており、その前向きな姿勢が、その後の彼女の英語学習における
進歩のエネルギーだということも、後々気付いたのでした。

そこで、帰国してからの彼女の心配は、「でもABCも知らない年寄りの
自分に英語を教えてくれる学校なんか日本にあるかしら。」ということ
だったそうです。

 当時、初心者の方に英会話を安心して始めて頂くために、「ゼロレベル
から学べる英会話」という当校のキャッチコピーを彼女は、偶然見て、
勇気を出して教室を訪ねてこられたそうです。

それから並木さんは週2回の個人レッスンを私と始めるのですが、会社が教室
の近くだったので、彼女は昼休みの時間を、お昼を食べずにレッスンに使った
のです。このことからも彼女がどんなに素晴らしい生徒だったかということが
分かると思います。

私との個人レッスンを1年ほど継続した後、彼女は外国人講師のクラスに移って
行ったのですが、あるとき教室の受付で立ち話をしながら、

「今は、外国人の先生と会話するのも楽しいですが、それよりも街に出て電車
に乗っても今までとは違い、ローマ字や英語の単語が読めるので楽しいです。
これまで見えなかった目が見えるようになったそんな気持ちです。本当に
有り難うございました。」と言ってくださいました。

私もとっても幸せな気持ちになり、語学スクールをやっていて良かったなと
思いました。